府労委決定取消訴訟 意見陳述への組合員からの意見

府労委決定取消訴訟第一回期日で行われた組合意見陳述に対して、組合員から意見が届けられましたので掲載します。

これから書くことは、人によっては「重箱の隅をつついている」とか「現役世代のやっていることに年寄りが口を挟んでいる」とか見る向きもあるかもしれないけれど、こんな意見が組合員の中にあるということを知っていただきたい。
 「何十年も前の『公務員は安泰、労組法が効かなくても大丈夫』といった昭和の時代とは違い、『今』は、地方公務員の非正規率40%を超こえる(ママ)自治体が出てきている状況で、民間企業の非正規率に匹敵するありさまです。時代は変わりました。」
 上記引用文は、2月12日におこなわれた府労委決定取消訴訟第1回期日で読み上げられた髙田晴美委員長名の意見陳述の一部である。そして、この陳述全文は無署名で本紙第725号(3月15日付)にも掲載されておりHPにも上げられているので、髙田委員長個人の文というよりも事実上の執行部見解としてだれもが読めるようになっている。  もちろんこの裁判自体の趣旨は私も全面的に賛成であり、裁判闘争に全面的に協力したい。しかし、私は期日当日、髙田委員長の陳述を傍聴席で聞きながら、この部分を耳にして思わず心の中で「えっ、え~?!」と驚愕したのを憶えている。
 それはひとえに、「昭和の時代とは違い」「時代は変わりました」という「元号」を指標とする時代認識に対してである。
 毎年の運動方針に記載されてはいるものの実際にはほとんど組織内で取り組みを聞かなくなっている「日の丸・君が代」反対闘争であるが、組合結成当初よりの約30年ほどは、教育合同は紛れもなく「日の丸・君が代・元号」反対闘争として組織を挙げて闘っていた。「元号」とは、今、気軽に「昭和のオヤジ」とか「令和のZ世代」とか軽~く語られているが、本質はほかならぬ天皇制による民衆の時間支配である。
 だから、当時の組合員は「日の丸・君が代」への反対と同等の熱量で「元号」使用にも反対した。私も在職中は自分が関わる全ての公文書(出席簿、指導要録、入試調査書等)の年号記載を最後まで西暦で通した。卒業証書の西暦記載呼びかけもその一環として取り組んだ。
 そのような「元号」一般への反対に加え、個別「昭和」については、一口に「昭和の時代」と括ることで1926年~1989年の64年間に存在する戦前・戦後の非連続性(ちなみに私は別の切り口では戦前・戦後の連続性を重視することも重要だと考える)が見えなくなり、そのことによって結果的に大日本帝国憲法下のファシズム政治を軽視・無視する認識につながる危険性がある。
 もちろん、執行部として「そのような含意はない」といわれるだろうし、実際そうなんだろうなと想像はする。しかしそうであるにせよ、教育合同執行部(もしくは教育合同委員長)の発信として「昭和の時代」というものが何かしら実態・意味のある概念として語られ「元号」によって時代が画期されるという時代認識が披歴されたことに大いに驚いている。